むかぁしむかし、塩田の十人村にある甲田池であった話だ。甲田池にはな、一匹のいたずらな河童が住んでおったんだ。
ある日、十人村の斉藤文治っつぅ男が、甲田池の土手に杭を打ち付けて馬をつなぐと、「さあ、草ぁたんと食えよ」と言って帰っていった。
すると、河童が池の中から顔を出して、「ケケケケ・・・・。文治のやつめ、帰ってしまったわい。よぉし、馬を引きずりこんでやれ」
河童は、土手にはい上がると、杭からたずなを抜き取って、馬を池へと引きずり始めたんだ。
はじめはおとなしく引っぱられていたが、「ザブーン」馬の足が池の水に入ると、馬はおどけて、「ヒヒヒヒーン!」と大きくいなないて、跳びはねた。
馬のたずなをしっかりにぎっていた河童は、そのひょうしに、頭のてっぺんにあるお皿の水をすっかりこぼしちまった。
お皿の水がなくなると、河童は力が抜けちまうんだ。河童は力が抜けてグンニャリしちまった。
そして、そのまんま馬に引きずられて、文治さの家に連れてこられちまったんだと。
つないでおいたはずの馬が家に帰ってきたので、文治さが驚いて馬を調べてみると、たずなの先に河童がとっついているじゃねぇか。
「こら、このいたずら河童め。馬ぁ引きずりこもうとしたな。許せねぇ。二度と悪さできねぇように、その頭の皿ぁ、たたき割ってくれるわ」と、文治さが棒てんぎれを持って振り上げると、「ごめんなさい、ごめんなさい、許してください」と、河童は必死に頼んだ。
けれども、文治さは、「うんにゃ、許せねぇ」棒てんぎれをさらに高く振り上げた。河童はちぢこまって、「もし許してくだされば、おわびに、文治さのお宅にお振る舞いがあるときに、必要なだけお膳やお椀を用意します。だから、どうかかんべんしてください」
文治さは、河童があんまり一生懸命頼むので、少しおやげなくなってな、「よし、それじゃぁこんどだけは、かんべんしてやる」って、許してやったんだと。
それからというもの、文治さの家では、お振る舞いがあるときには、必要なお膳やお椀の数を紙に書いて、甲田池の水に浮かべておくと、その前の晩にはちゃんと用意されてたっつぅ話だ。
ところがな、あるとき、文治さの隣の家のばあさんが、お膳とお椀一組を家に持って行っちまったんだと。
そうしたら、それからというものは、どんねに頼んでも、河童は二度と貸してくれなくなったそうだ。