舞田峠の送り犬

むかぁしむかしのことだった。山の向こうの村から塩田の里へお嫁に来た娘がおったんだって。

そのねえやんが赤ん坊を産むことになり、実家に帰ろうと、大きな腹をかかえて一人で山道をトボトボ歩いていたんだと。

舞田峠にさしかかった頃、日は暮れかかって、あたりは薄暗くなってきてしまった。

「こまったなぁ、早く峠を越さなきゃ」と気持ちがあせって急ぎ始めると、急に腹が痛くなっちまって、「こりゃぁこまった。歩くことができねぇ。

しょうがねぇ、ひと休みしていかず」「こんなとこで陣痛が始まったら、どうしらず」と思ったが、どうにも腹が痛くてたまらねぇもんだから、草を布団代わりにして横になった。

そうしたら、腹がもっと痛くなって、ついに、「おんぎゃー、おんぎゃー」と、とても元気な赤ん坊が生まれてしまったんだと。

 

峠の山道でたった一人のねえやんは、赤ん坊を胸にしっかりと抱きながら、「誰か通らねぇかなぁ。通る人がいりゃぁ里に知らせてもらえるのになぁ」と困っていたけど暗くなった峠道なんか、だぁれも通りゃしねぇ。

このあたりは狼が出るっつう話をきいていただで、身も縮んじまう思いだったんだと。

あたりはますます暗くなって、どこからともなく犬が、一匹、二匹、三匹と現れてきてな、ねえやんの周りを取り囲んじまったんだと。

「おっかねぇ。こりゃぁこまったことになった。どうしたらよからず」赤ん坊をしっかりと抱きかかえ、震えながら犬たちに向って、「食うなら早く食ってくろ」と言ったんだと。

だけど犬はいっそ跳びかかってこねぇ。それどころか、ねえやんの周りをしっかり囲って狼から守ってくれてるようだったと。

 

そのうちに、一匹の犬がねえやんの着物の端を食いちぎったかと思うと、里の家の方へ、いちもくさんに走っていったんだと。犬はねえやんの実家の前に着くと、「ワン、ワワーン。ワン、ワワーン」と何かを訴えるように吠えつづけたって。

その鳴き声を聞いてな、ねえやんのおっかさんが戸を開けてみると、一匹の犬がねえやんの着物の端をくわえてるじゃねぇか。

「あれ、これは娘の着物じゃねぇか。どうしただ。おらぁの娘になんかあっただか」と言うと、犬はいまひと声、「ワン、ワワーン」と吠えると、うしろを向いて走りだしたんだと。

「なんかあったな」と思ったおっかさんは、犬のあとを追って、暗い山道を駆け上がって行っただと。

そうしてな、峠まで来てみると、暗闇の中にねえやんと生まれたばかりの赤ん坊が、犬たちにしっかり守られているじゃねぇか。「おぅおぅ、おめさんたちが守っていてくれただか。ありがとうよ。ありがとうよ」おっかさんは犬たちに何べんも何べんも礼を言って、赤ん坊を抱き上げただと。

そうして、犬たちに守られながら無事に家に着くと、「あぁ良かった良かった。みんなおめさんたちのお陰だ」と言って、犬たちに沢山のごちそうをあげて、ていねいにお礼をしたっつぅわ。

 

おしまい

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