今から五百年くらい昔のはなしだ。
この別所温泉の辺りはもともと雨の少ない所だが、その年はちっとも雨の降らない夏で、ひでりが続いておった。
畑や田んぼもカラカラに乾いて、作物は何一つ実らない。村の衆は、あらゆる雨乞いをやってみたが、何の効き 目もあらわれなかった。
これが最後のお願いと、別所村の奥にある夫神岳(おがみだけ)で、水の神様である九頭龍王さまにお祈り しようということになった。
「雨ふらせたまいな〜」「大雨降らせ給わば、あらんかぎりのお供え奉りそうろう〜」と唱えて、夫神岳の頂上に登り、長い布を振りかざして竜神を呼びながら、まつりを行ったと。
すると不思議や、夫神岳の頂から真っ黒い雲がわき起 こり、女神岳の方角に押し寄せ、山を覆ったかと思うと、どっと大雨が降り出し、三日も降り続いたんだと。
この雨のおかげで今にも枯れそうだった作物が甦った。そこで、喜んだ村人がお礼として音神岳の上に九頭龍権現を祀って、毎年幟をあげることになった。
これが別所温泉のお祭りである「岳の幟」の始まりという。
毎年七月十五日の朝早く、青竹に色とりどりの反物を繋げた幟を山の上に立て、九頭龍権現にお参りしたあと山を下って温泉街を練り歩くお祭りだ。
今では三頭の獅子舞と、女の子のささら踊りが加わって、賑やかな祭りになっている。
ところで、夫神岳の向こう側は青木村で、ここも雨の 少ないところだ。
山の上に九頭龍権現のお宮を建てるについて、お宮の向きを青木側にするか別所側にするかでおおもめだった。
そこで両方の村で相談の末、牛と馬を競争させて山へ登らせ、勝ったほうの村の方へ向けることになった。
さて牛と馬どちらをとるか籤引きしたら、青木は馬、別所は牛となった。
青木の馬は勢い良く走って登っていった。別所の牛はのろのろゆっくり歩いてゆく。
別所の衆はがっくりと頭をかかえていた。ところが、馬は途中で疲れて登れなくなって、ゆっくり行った牛が先に登ることができた。
それでお宮は 別所村に向くことになったという。
このことを喜んだ別所村では、一番上にあるお湯を「牛湯」と名付けたのだが、それがだんだん訛って、 今の「石湯」になったということだ。